大阪地方裁判所 平成3年(ワ)4315号 判決 1993年1月14日
原告
小倉利子
被告
中井一好
主文
一 被告は、原告に対し、金五八九万九九四六円及びうち金五三九万九九四六円に対する昭和六一年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二九九四万七〇一六円及びうち二七二四万七〇一六円に対する昭和六一年一月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の概要
交差点において自転車と軽四輪貨物自動車とが衝突した出会い頭の事故につき、自転車の運転者が右自動車の運転者を相手に民法七〇九条に基づき損害賠償を求め提訴した事案である。
二 争いのない事実等(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)
1 事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 昭和六一年一月二一日午後一一時五〇分ころ(甲第一号証)
(二) 場所 大阪市住吉区長居一丁目六番一七号先路上
(三) 被害車両 原告運転にかかる自転車(以下「原告車」という。)
(四) 加害車両 被告運転にかかる軽四輪貨物自動車(和泉四〇け四一一〇、以下「被告車」という。)
(五) 態様 信号のない交差点を南進していた原告車と西進していた被告車とが同交差点内において衝突したもの
2 責任原因
被告は、被告車を運転していたものであるが、本件事故現場である交差点にさしかかつた際、同交差点には信号機が設置されておらず、交差道路から車両等が進行してくることが予想されたのであるから、減速した上、左右を注視し、その安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、進行道路左方に駐車していた車両に気を取られ、交差道路からの進入車両の有無の確認を怠つた過失があるので、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負担している。
3 損害
(一) 治療費 一六五万二三五〇円
(二) 付添費 四二万二五八〇円
4 損益相殺
本件事故により原告に生じた損害のうち、填補されているものは次のとおりである。
治療費 一六二万八八二〇円
入院雑費 三万二九〇〇円
付添費 四二万二五八〇円
休業損害
労災より 一三七万〇一七〇円
全労災再共済連より 一一五万四七〇六円
自賠責保険より後遺障害補償金として 三一六万円
(以上合計七七六万九一七六円)
三 争点
1 過失相殺
(被告の主張)
被告には、事故現場の駐車の車両等の状況から黄色のセンターラインの右側を走らざるを得なかつたのは止むを得ないにしても、それ故により一層自車進路右方への注意を払うべきであつた注意義務があり、他方、原告にも、狭路から交差点に進入するときには、交差する広路の交通について十分な注意を払うべき注意義務があるのにこれを怠つた過失がある。両者の過失割合は、原告車が自転車であることを考慮すると、原告四〇に対し被告六〇とみるのが妥当である。
(原告の主張)
本件事故現場の道路の状況は、東西道路の交差点西側は常に自動車が駐車してあり一車線道路となつており、南北道路からの交差点への進入車も多く、このことは本件道路を通勤路としている被告は十分承知していたはずであるから、被告としては、交差点手前の左側車線上で一旦停止し、安全を確認して直進すべき義務があつた。しかし、被告は、夜間でもあつたためか、漫然と交差点から約三七メートル手前から右側車線に入り進行し、しかも専ら左側だけを注視して走つていたために本件事故を起こしたものであり、被告の過失は重大である。また、本件事故時、原告は傘をさしていなかつたものである。
2 原告の後遺障害の程度
(原告の主張)
原告は、幼稚園教諭の職にある女性であるところ、本件事故による後遺障害により、痙攣発作の可能性があるため自動車の運転等を止められており、しかも、嗅覚を喪失したため家事、幼稚園での職務に重大な支障を生じていることなどに照らし、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令別表の障害等級九級に相当するものとみるべきである。
(被告の主張)
自賠責の後遺障害認定において、嗅覚脱失は、自賠責の保険実務において第一二級として取り扱うものとされており、また、労災保険の実務においても同様であるから、九級に該当する旨の原告の主張は理由がない。裁判例においても、嗅覚脱失のみにより九級に該当するとみたものは見当たらない。
3 その他損害額全般
第三争点に対する判断
一 過失相殺に関する判断
1 本件事故の態様
後掲の各証拠によれば、次の事実が認められる。
本件事故現場は、別紙図面のとおり、交通閑散な市街地にあり、南北に通じる道路(幅員は計六・五メートル、以下「南北道路」という。)の道路と東西に通じる道路(幅員計一一メートル、以下「東西道路」という。)との信号機による交通整理の行われていない交差点上にある。右交差点付近は、街灯のため夜間でも明るかつたが、右各道路から他方道路への見通しは相互に良くなかつた。右各道路の速度規制は時速三〇キロメートルであり、駐車禁止であり、センターラインは黄色で印されており、路面は、アスフアルトで舗装され、平坦であり、本件事故当時、小雨で濡れていた(甲第二号証、検甲第一ないし第一〇号証)。
原告は、帰宅途中、小雨のため傘をさしながら自転車に乗り、南北道路を南進し、本件交差点にさしかかつたが、東西道路の交通の安全を十分確認しないまま同交差点に進入した。他方、被告は、友人を送つた後、当時住んでいた寮に戻るため、被告車を運転し、東西道路を時速約四〇キロメートルで西進中、本件交差点にさしかかつたところ、同交差点西側の進路前方に駐車車両が存在したため、黄色実線で印されたセンターラインの右側を進行し、パツシングして減速の上、専ら同駐車車両付近の動静を注視しながら同交差点に進入した。被告は、原告車を三・九メートルの近距離に至り初めて発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、原告を原告車もろとも約七メートル跳ね飛ばし、転倒させた(同号証)。
なお、原告は、当時傘はさしていなかつたと主張し、当法廷においても右主張にそう供述をするが、原告は、事故当時の記憶が定かではなく、右供述は原告の事後的推測を述べたに過ぎないと認められるからにわかに措信し難い。
2 過失相殺に対する判断
右事実に基づき、原・被告双方の過失割合を判断すると、原告は、南北道路には東西道路と比較し、明らかに狭路であつたのであるから、同道路を南進し、同交差点に進入するに当たり、徐行し、広路である東西道路を通行する車両等の有無を確認し、かつ、その進行を妨害してはならない義務がある(道路交通法三六条二、三項)ところ、右安全を十分に確認しないまま同交差点に進入した過失がある。他方、被告は、東西道路の最高速度が時速三〇キロメートルに規制されていた上、本件交差点は右方の見通しのきかない交通整理の行われていない交差点であつたのであるから、同道路を西進し同交差点内に入ろうとするときは徐行し右方の安全を確認しなければならないところ(道路交通法四二条一号、二二条一項)、被告車で同道路を西進し本件交差点に進入するに当たり、右方の安全を確認せず、右制限速度を越えた時速約四〇キロメートルの速度で進入した過失がある(なお、被告がセンターラインの右側を走行していたことは、進路前方の駐車車両の存在及びその他の道路状況からやむを得なかつたものと解される。)。
そして、原告車が自転車であり道路の利用状況の面で一般の車両よりはむしろ歩行者に近い性質を有していること、被告は同交差点への進入に際し左方の駐車車両付近の動静に気を取られ右方の確認を怠つたことを考慮すると、被告の過失の方がより大きいとみるべきであるが、原告が南進していた南北道路よりも被告が西進していた東西道路の方が明らかに広路であつた上、原告は傘をさしたまま東西道路の交通の安全を十分に確認せずに本件交差点に進入していること、被告は本件交差点に進入するに際し減速の上パツシングの措置を講じていることを考えると、原告の過失も小さいものではなく、結局、原告の本件事故の発生に関する過失割合は四〇パーセントと認めるのが相当である。
二 原告の後遺障害の程度に対する判断
1 原告の受傷内容、治療経過
後掲の各証拠及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
原告は、本件事故により、頭部外傷、頭蓋骨骨折、頭蓋内血腫、外傷性脳内出血、右耳出血の傷害を受け、次のとおり入通院し、治療を受けた。
(一) 阪和記念病院(甲第三号証、第二一号証)
昭和六一年一月二二日から同年三月九日まで入院
昭和六一年三月一〇日から同年一〇月三一日まで通院(実通院日数一六日)
なお、昭和六三年八月二五日、平成元年一〇月二五日にも後遺症診断のため同病院に通院(甲第九、第一〇号証)
(二) 住友病院(甲第八号証)
昭和六一年三月一四日から昭和六二年三月二五日まで通院(実通院日数一四日)
なお、昭和六二年四月九日にも後遺症診断のため通院(甲第八号証)
(三) 大阪府立病院(甲第一一、第一三号証)
平成元年六月一日、同月五日に通院
原告は、右阪和記念病院から退院した後は、経過監察、診断のため、各病院に通院していたものであり、昭和六一年九月ころまでに作成された各診断書(甲第五ないし第七号証)の記載からこれら診断書が作成された当時には既に症状が固定していたと考えられること及び賞与減給証明書(第一六号証)の欠勤期間として控除した日数の終期が同年八月三一日とされていることに照らし、遅くとも同日には、原告の症状が固定したものと認めるのが相当である(なお、甲第八ないし第一〇号証の各後遺障害診断書には、概ね診断書作成日と符合する昭和六三年の日時が症状固定日として記載されているが、右治療経過に照らし、これらの日をもつて症状固定日とは認め難い。)。
2 原告の後遺障害の程度
前述したように、原告は、後遺障害の程度に関し、幼稚園教諭の職にある女性であり、本件事故による後遺障害により、痙攣発作の可能性があるため自動車の運転等を止められており、しかも、嗅覚を喪失したため家事、幼稚園での職務に重大な支障を生じていることなどに照らし、自賠法施行令別表の障害等級九級に相当するものとみるべきであると主張するのでこの点につき判断する。
原告は、CTスキヤン、脳波検査等により、本件事故により、右前頭葉脳挫傷の傷害を受け、脳波にも異常波が出現していることが判明していた。そして、後遺障害として、右耳閉感をともなう軽度聴力障害(五分平均で二五ないし二八デシベル程度)、頭部外傷後痙攣の可能性、無嗅症が残存した(甲第八ないし第一一号証)。
自賠責保険の後遺障害認定手続きにおいて、原告の障害は、嗅覚脱失が自賠法施行令別表の後遺障害等級の第一二級相当と、その他の障害は、頭部神経障害として第一二級一二号に該当するとされ、併合第一一級と認定された(乙第二号証)。
前記後遺障害のうち、痙攣発作は、その可能性の指摘があるもののその発症の有無、程度がいかなるものは定かではなく、軽度聴力障害も二五ないし二八デシベルとその程度は比較的軽いものと解される。また、嗅覚脱失は、女性であり、幼稚園教諭である原告にとつて、通常の職についている女性と比較し、一層の支障を来していることは容易に推察が可能であり、労働能力に相応の制限を生じさせているものと認められるが、嗅覚は、視覚や聴覚と比較すると労働能力に影響を及ぼす度合いがより少ないとみざるを得ず、これらの知覚を喪失した場合よりは労働能力喪失の程度が低いと解さざるを得ない。以上をもとに、原告の労働能力喪失の程度につき判断すると、原告が同能力を喪失した割合は、二〇パーセント程度と認めるのが相当であり、原告が主張するように第九級に相当するとして三五パーセントもの労働能力を喪失したものと認めるべきとの主張は、採用できない。
三 損害
本件交通事故により、治療費として一六五万二三五〇円、付添費として四二万二五八〇円の損害が生じたことは当事者間に争いがない。その他の損害について前記認定事実及び後掲の各証拠により判断すると、次のとおりである。
1 入院雑費(主張額五万六四〇〇円) 五万六四〇〇円
前記認定事実によれば、原告は、昭和六一年一月二二日から同年三月九日まで阪和記念病院に入院(合計四七日)したものと認められるところ、右入院中、雑費として少なくとも原告主張の一日当たり一二〇〇円が必要であつたものと推認される。したがつて、その間の入院雑費は、五万六四〇〇円を要したものと認められる。
2 休業損害及び逸失利益等(主張額休業損害二七四万四八一八円、逸失利益二二九二万四四円) 合計一六三一万七〇二七円
前記治療経過に照らすと、原告は、本件事故により阪和記念病院への入院期間中及びその後症状が固定する昭和六一年八月三一日までの二二三日間は、労働能力を一〇〇パーセント喪失し、症状が固定した満四三歳(ただし、その後二カ月余で満四四歳になることから、就労可能期間は二三年間として算定する。)から就労が可能と推認される満六七歳までの二三年間は、労働能力を二〇パーセント喪失したものと認めるのが相当である。
原告は、昭和一七年一二月三日(本件事故当時四三歳)生まれの女性であり、昭和五四年四月から幼稚園教諭の職(事故当時生長学園幼稚園、その後育和学園生長幼稚園)に従事しており、本件事故前の三か月である昭和六〇年一〇月から同年一二月までの三カ月分の本給として八七万〇六〇〇円、一日当たり九四六三円(一円未満切り捨て、以下同じ)、一月当たり二九万二〇〇円、年額三四八万二四〇〇円の収入を、同年冬季の賞与として六一万九五〇〇円をそれぞれ得ていたことが認められる(甲第一五号証及び原告本人尋問の結果)。また、昭和六一年四月一日から月一万二一八〇円(一日当たり四〇六円)の昇給(その結果、月収は三〇万二三八〇円、年収は三六二万八五六〇円となる。)が予定されていたが、前記欠勤のため昇給分が減給となり、また、同年度の夏季冬季賞与の見込額が計一〇四万九〇〇〇円が、同じ理由により計五三万五六六六円減給されたことが認められる(甲第一六ないし第一八号証)。
以上の認定をもとに、ホフマン方式により中間利息を控除し、原告の休業損害、逸失利益の本件事故当時の現価を算定すると、次のとおり合計一五七八万一五四一円となる。
(本件事故後昭和六一年三月三一日まで七〇日間の休業損害)
9463×70=662410
(昭和六一年四月一日から同年八月三一日まで一五三日間の休業損害及び逸失利益)
(9463+406)×153=1509957
(症状固定後の逸失利益)
(3628560+1049000)×0.2×(15.4997-0.9524)=13609174
また、前記認定のとおり、原告は、本件事故後、前記昭和六一年九月三日までの欠勤を理由に同年の夏季、冬季の賞与をそれぞれ一九万六六六六円、三三万九〇〇〇円、合計五三万五六六六円減額されているので、さらにこれらを加算すると合計一六三一万七二〇七円となる。
3 慰謝料(主張額七二二万円) 三五〇万円
本件事故の態様、受傷内容、治療経過、前記後遺障害の程度、原告の職業、年齢及び家庭環境等、本件に現れた諸事情を考慮すると、慰謝料としては、三五〇万円が相当と認められる。
(以上損害小計二一九四万八五三七円)
四 過失相殺及び損害の填補
1 過失相殺
前記損害小計額二一九四万八五三七円につきその四割を過失相殺により控除すると、残額は、一三一六万九一二二円となる。
2 損益相殺
本件事故により原告に生じた損害のうち、前記のとおり合計七七六万九一七六円の損害が填補されていることは当事者間に争いがない。
したがつて、前記過失相殺後の損害小計額一三一六万九一二二円から右填補合計額を差し引く(なお、右填補額の中には労災からの保険給付金一三七万〇一七〇円が含まれているが、右金額は、前記損害のうち、その性質を同じくする休業損害、給与、賞与等財産的損害合計額一六三一万七二〇七円に〇・六を乗じた(過失相殺)金額九七九万三二四円から控除するのが相当である。)と残額は、五三九万九九四六円となる。
五 弁護士費用及び損害合計
本件の事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害は五〇万円が相当と認める。
前記損害合計額に右五〇万円を加えると、損害合計は五八九万九九四六円となる。
六 まとめ
以上の次第で、原告の被告に対する請求は、五八九万九九四六円及びうち弁護士費用を除く五三九万九九四六円に対する本件事故の日である昭和六一年一月二一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 大沼洋一)
別紙 <省略>